
子育てか?芸を仕込むか? がんばる戦士の子育て
25年前を回帰すると結構笑える。
その時は一生懸命。
必死でやっていたけれども今なら笑える。
さてさて、
1994年4月22日。
めでたく息子が誕生。(ガマンさせられたおさんは↓)
前日の産婦人科検診に合わせて、破水する計画出産。(私は計画していません)
息子が自主的に出てきた。
おなかの中にいると、一緒に連れ歩くことができるけど。
この世に生まれた落ちた瞬間に
意思のある生き物が増える。
ここからが、世の中の母たちの試練が始まり。
3時間おきの授乳。
はらへった~(泣く)
一生の中で一回だけでっかくなったお乳。
そのお乳で授乳する。
私のお乳の在庫がどうも少ない。
足りん~~(泣く)
そこで粉ミルクが必要になる。
今から思うと・・・
息子のアレルギーの原因の一つはこれだろう。
すまん・・・佑哉(息子の名前)
さあ、この哺乳瓶でミルクを飲ますのにどうしたか?
この生まれて間もない佑哉に仕込んだこと。(芸のうち)
哺乳瓶を自分で持たせるということ。
本来は授乳は左腕で子供を抱え、哺乳瓶を右手で持つ。
私の右手が空く様にするために、哺乳瓶を子供に持たせる練習始める。
どうするか?
右手で私が哺乳瓶を持つだけでなく、
佑哉の両手が哺乳瓶をはさんで持たす。
その佑哉の手を私の指が押さえる。
そうすると・・・
どうか?
習慣的にミルクは瓶をはさむのが当たり前なんだよ~~
という状態を作る。
いつから自分で持つようになったか?
覚えてないが
まずはプラスチックの軽い哺乳瓶を持てるようになった。
授乳しながら「佑哉~自立やで~~自立~」
とささやきながら、新生児に芸を仕込んだ私。
子供は与えられた環境が普通。
だから哺乳瓶を持てる子になった。
ここから佑哉の自立人生が始まった。
大阪北浜 ピラティススタジオ進化 さわだりか
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